仙台高等裁判所 昭和36年(ラ)122号 決定 1962年2月28日
決 定
東京都中央区八重洲五丁目五番地
抗告人
八戸鋼業株式会社
右代表者代表取締役
沼田吉雄
右代理人弁護士
成田芳造
同
渡辺修
同
竹内桃太郎
八戸市小中野町二番地
相手方
鉄鋼労連八戸鋼業労働組合
右代表者執行委員長
田名部小一郎
右代理人弁護士
斎藤忠昭
同
山花貞夫
同
渡辺正雄
同
坂本修
同
今井敬弥
右抗告人は、青森地方裁判所八戸支部が同庁昭和三六年(ヨ)第八三号土地建物立入禁止及び業務妨害禁止仮処分申請事件につき、同年一二月一九日にした仮処分決定に対し抗告の申立をしたので、当裁判所は次のとおり決定する。
主文
原決定中「被申請人組合に於て金三百万円也の保証を供託するときはこの仮処分の執行の停止を求め又はその執行処分の取消を求めることができる、」との部分を取消す。
理由
抗告人は、主文同旨の裁判を求めた。その抗告の理由は別紙記載のとおりである。
民事訴訟法第七四三条は、同法第七五九条の制限のもとに仮処分に準用されるものと解する。それゆえ、仮の地位を定める仮処分において、裁判所が特別の事情があると認めるときは、債務者が特別の事情があると主張すると否とにかかわらず、民事訴訟法第七五六条により、同法第七四三条を準用して、いわゆる解放金額を定めることができるものと解するのが相当である。そして、ここにいう特別の事情とは、仮処分によつて保全されるべき権利が、金銭的補償によつてその終局の目的を達することを得べき事情、または、債務者が仮処分によつて普通に受ける損害よりも多大の損害をこうむるべき事情を指すものと考える。
そこで、本件仮処分につき特別の事情があるかどうかをみるに、まず本件仮処分申請の理由とするところは、要するに、「抗告人会社は、八戸市大字小中野町字影前田二番地に八戸工場を設け、鋼塊鋼丸棒等の製造販売を業とする株式会社であり、相手方組合は同工場従業員約一九〇名中の約九五名をもつて組織した労働組合で、日本鉄鋼産業労働組合連合会に加盟しているところ、相手方組合は、昭和三六年九月一五日抗告人会社に対し、退職金制度の創設、家族手当(月額妻八〇〇円、第一子六〇〇円、第二子四〇〇円)、危険手当(日額一律五〇円)を要求したので、抗告人会社は、同月二五日、退職金については中小企業退職金共済事業団に加入して同年一〇月から実施するが、家族手当は家族の有無により従業員間に不公平を来す結果となり、また危険手当は相手方組合員が一様に危険作業に従事するものではなく、賃金は各人の従事する作業に応じて決定されている(作業の危険性を織り込んで決定されている)ばかりでなく、家族手当、危険手当は実質上賃上げを意味し、同年四月一日以降一人平均日額一五円、同年七月三日以降一律日額三五円の賃上げを実施したばかりであるから、重ねて賃上げとなるような諸手当の要求には応じられない旨を回答した。そして、右の事項につき団体交渉が行われたか決着するに至らなかつた。
ところが相手方組合は、同年一〇月二九日、年末一時金一人当り五万円の支給を要求したので、抗告人会社は、同年一一月六日右要求についての団体交渉の席上、いくらかの一時金を支給する意図を有しているが、同年一二月一〇日ころまで回答の猶予を求め、その理由として抗告人会社の資金繰りの困難な事情を縷々説明し、次いで行われた一一月一一日の団体交渉の席上でもこれを繰返したが、相手方組合はこれに全く耳を藉そうとせず、遂に物別れに終るや、抗告抗告人会社に対し、同日午後四時から全面ストライキを含む指名スト、部分ストを行う旨を通告し、同日から同月二八日までの間、一二六回、二一八時間三五分にわたり、部分スト、時限ストを行い、抗告人会社に対し大なる打撃(五、〇〇〇万円以上の生産減少)を与えた。
そこで、抗告人会社は相手方組合に対し、団体交渉を申入れ、団体交渉の席上抗告人会社の窮状を説明して諒解を求め、円満なる解決を期したが、物別れに終つたので、最後の手段として相手方組合に対し、同月二八日午前三時三〇分、同日午前四時から期限を定めずにロックアウトを実施する旨通告して工場を閉鎖するとともに、相手方組合員の立入りを禁止する旨の掲示をなした。
しかるに、相手方組合員は、同日早朝から工場裏手の有剌鉄線柵を押し拡げ、あるいは抗告人会社側の制止を排して正門わきの小扉を押し開けて工場内に侵入し、退去を要求するもこれを無視し、鋼塊部門、圧延部門の各休憩所に屯ろし、抗告人会社の工場の幹部及び従業員組合員による操業を実力をもつて妨害している。すなわち、抗告人会社は、同月二九日早朝から工場幹部及び従業員組合員により操業を開始し、鋼塊部門において六トン炉に通電すると、工場内に侵入した相手方組合員らは、平常服のまま「俺たちも作業をする。」と称して炉の周辺に蝟集して追加装入の作業を実力をもつて妨害し、また、圧延部門においては、抗告人会社側作業員が、加熱炉に点火した後圧延作業を開始しようとした矢先に相手方組合員らがかけより、作業員との間に赤熱した鋼塊の奪い合いをするに至つた。右はいずれも危険極りないことで人命にもかかわることなので、抗告人会社は、止むなく、右の作業を全部中止せざるを得なかつた。翌三〇日及び翌々一二月一日にも右と同様の妨害をなしたので、抗告人会社は、止むなくその作業を中止した。抗告人会社は相手方組合の執行委員長らと交渉し、右のごとき妨害を中止し、作業場からの退去を求めたが、相手方組合は全くこれに応じないし、なお依然としてかかる妨害のなされるおそれがあり、抗告人会社は資本金四〇〇万円で、その八戸工場は原決定添付目録記載の土地建物及びこれらに収容された生産設備を自ら所有し、またはこれを賃借して冒頭記載の事業をなしているものであるが、同工場における作業は、いずれの部門も流れ作業により高温度の鉄を相当の速度で取扱う仕組になつており、これには超高圧の電流が介在するから、作業に当つては常に緊張を要するところ、相手方組合かその所属組合員または第三者をして工場内に立入らしめ、操業を妨害することは著しく危険を伴い、生命身体にもかかわる重大問題であり、これを差止める必要があるから、相手方組合が、その所属組合員または第三者をして抗告人会社が所有または占有する原決定添付目録記載の土地建物に立入り、かつ抗告人会社の行う業務を妨害することの禁止並びに相手方組合が現に立入つている者を退去せしめなければならない旨の仮処分を求める。」というのであり、(疎明)によると右の事実を一応認めることができる。また後述のとおり、本件仮処分をなさないでこのままに推移するにおいては、抗告人会社の存亡にかかわる重大な事態に当面するにいたつたことが一応認められる。
右の事実によれば、本件仮処分につき抗告人側に民事訴訟法第七五九条にいうところの特別の事情があるものと解することができない。
相手方組合は、抗告人会社が行つたロツクアウトは、組合側の争議行為を抑圧することを目的とした攻撃的なものであり、実際にまた会社幹部及び会社の意を受けた従業員組合員により操業を継続しようとしたばかりでなく、下請労働者をスト破りに利用して操業を継続しようとしたものであり、相手方組合の団結権、争議権を侵害する違法のものであると主張するが、右主張にそうがごとき(疎明)は具体性を欠き信用することができない。むしろ、(疎明)によると、抗告人会社は相手方組合の昭和三六年春のストライキに次ぐ今次ストライキにより生産は著しく減退し、損失は増大し借財は嵩み、その資金繰は極めて困難となる等深刻な打撃を受け、このままに推移するにおいては会社存亡にかかわる重大な事態に当面するに至つたこと、今次ストライキにおける相手方組合の指命スト、部分ストによる賃金カツトは五八、三七八円であるのに対し、抗告人会社のストライキによる渡産額は五、〇〇〇万円を超過する情況にあつたことが一応認められるから、抗告人会社は、相手方組合のストライキに対抗して、受領遅滞または債務不履行の責を負うことなく、労務提供の受領並びに賃金の支払を拒否するため、適法にロツクアウトを実施することができるものといわなければならないのであり、右のごとき事情下に行われた抗告人会社の本件ロツクアウトが攻撃的なものであるということはできない。そして、ロツクアウト中でも使用者がその操業を継続すると否とはその自由に決し得るところであり、ロツクアウトは使用者が労務の提供を拒絶する相手方に対する関係において成立するにすぎないから、使用者は相手方以外の従業員を就労させて操業を継続することは妨げがないものというべきである。本件につきこれをみるに、抗告人会社が、その従業員組合(第二組合)員及び抗告人会社の下請会社所属労務員により操業を継続しようとするものであることは、(疎明)により一応これを認め得るが、すでに説示したとおり、抗告人会社の行つたロツクアウトには正当な理由があるものと認められ、特に抗告人会社がストライキ破りのために新たに従業員を雇入れたりなどをしたことを一応認めるべき資料はないから、抗告人会社の本件ロツクアウトが相手方組合の団結権、争議権を侵害するものとはいえない。
相手方組合はまた、抗告人会社が行つたロツクアウトは、単にその宣言をしただけで、その生産手段たる物的施設から事実上相手方組合員を排除して自己の支配下においたものではないから不成立であると主張するが、(疎明)によると、抗告人会社は、昭和三六年一一月二八日午前三時三〇分ころ、工場内組合事務所において相手方組合執行委員久米恒五郎に、また、同日午前三時四〇分ころ工場内の鋼塊工更衣所休憩所において同執行委員大橋宗一にそれぞれロツクアウト通告書を交付するとともに、タイムカードを引き上げ、工場の正門その他四箇所の門を閉鎖し、ロツクアウトを行つたから相手方組合員は工場外に退去すべく、爾後工場内に立入りを禁止する旨記載して四箇所の門及び正門付近三箇所に掲示し、また、正門に西館由美外四名を配置して相手方組合員に対しロツクアウトを行つたから工場内に立入ることはできない旨伝達させたりして、本件工場をその支配下においたことが一応認められるから、たとえ、相手方組合員らがなお工場内に残留していたとしても、ロツクアウトの実施に欠ける点はないものというべきである。
そうすると、本件ロツクアウト実施後、相手方組合が所属組合員もしくは第三者をして抗告人会社の操業を実力をもつて妨害することはもとより、所属組合員もしくは第三者を工場内(原決定添付目録記載の土地建物)に立入らしめまたはこれに滞留させるがごときは違法であつては許されない。そして、抗告人会社は、指名ストまたは部分ストに参加しない相手方組合員から労務の提供を受けてもこれを拒否して賃金の支払を免れることができ、したがつて、相手方組合員は抗告人会社に対しロツクアウト中の賃金支払請求権がないものといわざるを得ないのであり、たとえそのため相手方組合員が生活に困窮し、また組合の団結に心理的影響を及ぼすものがあるとしても、ロツクアウトが使用者に容認されたものである以上、右のごときことはロツクアウトによつて生じたものであつて、本件仮処分によつて生じたものとはいえないから、これらの事実をもつて本件仮処分について相手方組合側に特別の事情があるものとはいえない。その他本件仮処分において、特別の事情があることの疎明はない。
してみると、本件仮処分につき特別の事情があるものとして、「被申請人組合(相手方)に於て金三百万円也の保証を供託するときはこの仮処分の執行の停止を求め又はその執行処分の取消を求めることができる。」として解放金額の定めをした原決定は失当であるから、原決定中右の部分を取消すべく、本件抗告は理由がある。
よつて、民事訴訟法第四一四条第三八六条を適用して主文のとおり決定する。
昭和三七年二月二八日
仙台高等裁判所第三民事部
裁判長裁判官 鳥 羽 久五郎
裁判官 羽 染 徳 次
裁判官 小 林 謙 助
抗告の理由
原決定中、抗告の趣旨記載部分は、法規上なんらの根拠なくなされた違法のものである。すなわち、民事訴訟法第七四三条は、仮差押に関する規定であつて、本件のごとき同法第七六〇条にもとづく仮の地位を定める仮処分に準用する余地は全くない。そして、同法第七五九条は、特別の事情があるときに限り保証を立てしめて仮処分の取消を許すことができる旨を規定して、同法第七四三条が仮処分に準用されないことを裏書している。
仮りに、同法第七四三条が同法第七六〇条の仮処分に準用されるとしても、解放金額の定めは、本来これによつて被保全権利が十分に担保され、仮処分を維持する心要がなくなつた場合に限られるべきところ、本件仮処分には、被申請人が三〇〇万円を供託することにより、仮処分を維持する必要がなくなると認めるべき事由は存しない。
もし、原決定が同決定により相手方において所定の金額を供託したという事実をもつて同法第七五九条にいう特別事情に該当せしめる趣旨であるというのであれば、これまた法律上の理由がないものである。何となれば、同条にいわゆる特別の事情とは具体的事案につきはじめて判断し得る事項であり、予め一般的にその存在を予定することは不可能であるからである。
また仮りに、仮処分についても、同法第七五九条に定める特別の事情があるときに限り、同法第七四三条を準用して解放金額の定めができるとしても、本件仮処分の被保全権利は、所有権及び占有権にもとづく妨害排除並びに妨害予防の請求権であり、その必要があるものと認容されたところは、企業の破産と企業を構成する人的要素の生命身体に対する危険を未然に防止するにあり、いずれも金銭に見積ることができないものであるから、金銭的補償によつて代置することはできない。
しかも、本件仮処分に対しては、相手方において、特別の事情があるとの主張をしていないし、また本件仮処分を解放することが相当であると認めるべき資料もない。